最 上 峡

白糸の滝
 

義経一行は、羽黒山から最上川へ行き清川から舟に帆をはり、川を舟でさかのぼって行きました。
白糸の滝を通りかかった時、滝の名前を聞かれた家来が、とっさに答えたのがネーミングの由来と言われています。
落差124mの滝の下に赤い鳥居と不動堂があります。



白糸の滝

 

仙人堂
 

最上川の中流、最上郡戸沢村古口の戸川神社は「仙人堂」と呼ばれています。 その由来書によれば、源義経の奥州下りの折り、従者の常陸坊海尊(ひたちぼう・かいそん)が、この地で義経と別れ、終生この山に籠もり修験道の奥義をきわめ、ついに仙人となったと言われています。









仙人堂(2007.09.24)

 

蹄の跡
 

仙人堂上流左岸の岩です。無数の丸い穴が空いています。
この穴は義経一行の馬のの跡だと言い伝えられています。



蹄の跡が残る岩

 

矢向大明神
 

八向楯は最上川右岸の八向山山頂に築かれた中世の城(楯)です。

<矢向神社(矢向大明神)>

八向楯本丸南面の白い断崖中腹に祀られている矢向神社は、平安時代前期、貞観16年(874)の昔、政府から従五位を授けられた式内社「矢向神」とされ、古来、最上川を上下する舟人の信仰が厚い神社です。
文治3年(1187)、兄頼朝と対立した源義経は、舟で最上川をさかのぼり、本合海で上陸して奥州平泉に向かいましたが、この時義経も「矢向大明神」を伏し拝んだと「義経記」に記されています。




八向山と矢向大明神

 

義経・弁慶上陸の地
 

合海八向楯の上流に、2006年、義経・弁慶上陸の地として、記念碑が建立されました。



「義経弁慶上陸の地」碑(2007.12.08)



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